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大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)2708号 判決

原告

株式会社東洋精米機製作所

外1名

被告

株式会社佐竹製作所

外1名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告ら

1 被告株式会社佐竹製作所(以下「被告会社」という)は、原告株式会社東洋精米機製作所(以下「原告会社」という)に対して、金900万円及びこれに対する昭和53年11月1日から完済まで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、別紙目録(1)記載の新聞に同目録(2)記載の要件の広告を掲載せよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  右1、2につき仮執行の宣言。

2 被告ら

主文同旨

第2請求の原因

1  1 原告雑賀慶二(以下「原告雑賀」という)は、次の特許権(以下これを「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という)を有していた。

発明の名称 選穀機における選別板及び載置筐一体駆動装置

出願 昭和36年5月31日(特願昭36―19673)

公告 昭和38年5月6日(特公昭38―5225)

登録 昭和39年1月18日(第417558号)

特許請求の範囲

「1,本文に詳記するごとく選別多孔板とこれを載着した載置筐とを一体に形成し、両者を同時に、選別多孔板の傾斜角度より大きい角度をもって斜方向に往復運動せしめ、載置筐内に位置させた風車は上記運動と関係なく定位置にて旋廻するように成した選穀機における選別板および載置筐一体駆動装置。」

2  原告会社は、昭和39年2月1日原告雑賀より、本件特許権について専用実施権(以下「本件専用実施権」といい、原告雑賀の本件特許権と合せて「原告らの権利」という)の設定を受け、昭和41年5月24日その旨の登録を経由した。

3  本件特許権は、昭和53年5月6日期間満了により消滅した。

2  本件発明の構成要件及び作用効果は次のとおりである。

1 構成要件

選穀機における選別板及び載置筐一体駆動装置であって、

(1)  選別多孔板とこれを載着した載置筐とを一体に形成すること。

(2)  両者を同時に、選別多孔板の傾斜角度より大きい角度をもって斜方向に往復運動せしめること。

(3)  載置筐内に位置させた風車は、(2)の運動と関係なく定位置にて旋廻するようになすこと。

2 作用効果

(1)  選別板2(本件発明の明細書に使用の番号、以下同じ)は、その斜上下運動に伴って、風車6に接近したり離隔したりする。そのため選別板2の受ける風力は絶えず瞬間的に変動するので、選別板2の斜め上下運動により異物の選別作用を行うことができる。

(2)  異物の選別作用は、主として選別板2の斜め上下運動によって行われ、風車6は補助的な作用をするのみであるから、従来のように風力を調節する必要がなく、この操作に手数と時間をかけることが不要であり、また、特別な熟練と技術を要しない。

(3)  選別板2と載置筐1とは一体と成って駆動されるから、従来のように選別板が載置筐の上面を摺動する時に起こる騒音の発生が防止される。

(4)  選別板2と載置筐1が一体となって斜め上下運動するように成したから、機構を可及的簡素に、かつ小型に構成することができ、故障の発生が少ないうえに製作費が安く、据置に安い場所を要せず、使用法が簡便で作業能率を増進させる。

3  被告会社は、昭和51年9月以来、別紙「イ号図面及び説明書」記載の選穀機(以下「イ号物件」という)を業として製造販売し、被告上根廣(以下「被告上根」という)は、これを業として販売している。

4  イ号物件は次のような構成及び作用効果を有する。

1 構成

選穀機であって、

(1)' 選別多孔板(1)(別紙「イ号図面及び説明書」に表示の番号、以下同じ」と、これを載着した載置筐(2)とが一体に形成されていること。

(2)' 両者は一体に形成されているため、載置筐(2)は選別多孔板(1)と一体となって、偏心回転軸(軸受(3)を介したクランク軸(35))、作動杆(4)の反復運動によって斜め方向に往復運動し、その角度は選別多孔板(1)の傾斜角度(約15度)よりも大きい(約65度)こと。

(3)' 載置筐(2)の内部には風車(6)が位置せしめられているが、この風車(6)は載置筐(2)とは別体構成であるため、載置筐(2)が往復運動しても、風車(6)はこの運動に関係なく定位置で旋廻するようになっていること。

2 作用効果

(1)' 選別多孔板(1)は、その斜め上下運動に伴って、風車(6)に接近したり離隔したりして、選別多孔板(1)の受ける風力は絶えず瞬間的に変動するので、右運動によって異物の選別作用を行うことができる。

(2)' 異物の選別作用は主として選別多孔板(1)の斜め上下運動によって行われ、風車(6)は補助的な作用をするのみであるから、従来のように風力を調節する必要がなく、操作に当って手数と時間がかからず、特別な熟練と技術を要しない。

(3)' 選別多孔板(1)と載置筐(2)とは一体となって駆動されるから、従来のように選別多孔板(1)が載置筐(2)の上面を摺動する時に起る騒音の発生が防止される。

(4)' 機構が簡素かつ小型に構成することができ、故障の発生が少ないうえに、製作費が安く、据置に広い場所を要せず、使用法が簡便である。

5  本件発明は選穀機における選別板及び載置筐一体駆動装置に関するものであり、イ号物件は選穀機であって、イ号物件の構成(1)'、(2)'、(3)'はそれぞれ本件発明の構成要件(1)、(2)、(3)を充足し、イ号物件の作用効果は本件発明のそれと同一であるから、イ号物件は本件発明の技術的範囲に属する。

6  そうすると、被告会社がイ号物件を業として製造販売し、被告上根がイ号物件を業として販売したことは、原告らの権利を侵害する行為であった、というべきである。

7  被告会社は、イ号物件を業として製造販売することが、原告らの権利を侵害する違法な行為であることを知りながら、又は過失によりこれを知らないで、昭和51年9月頃から昭和53年5月6日までの間、イ号物件を少なくとも241台以上製造販売し、1台につき少なくとも3万7500円、合計903万7500円の利益を得たことにより、これと同額と推定される損害を原告会社に与えた。(特許法102条1項)。

8  被告らによる原告らの権利侵害行為の結果、原告雑賀は、本件特許権を含む選穀機に関する多数の発明者としての名誉を著しく毀損され、原告会社は、被告らがイ号物件を本件発明の実施品より廉価(1台当り前者18万2000円後者21万円)に販売したために、原告会社の取引先(特約販売店及びユーザー)から苦情を受け値下げを要求されるなど販売機構を混乱させられ、業務上の信用を著しく毀損された。

9  よって、原告会社は被告会社に対し、前記損害金の内金900万円及びこれに対する履行期後で訴変更申立書が被告ら代理人に交付された日の翌日である昭和53年11月1日から完済まで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告らは被告らに対し、名誉及び信用毀損の回復措置として、請求の趣旨2記載の謝罪広告を掲載することを求める。

第3請求原因に対する認否

1  請求原因1 1の事実は認める。

同1 2の事実は不知。

同1 3の事実は認める。

2  同2 1は認める。

同2 2の事実は否認する。

3  同3のうち、被告会社が昭和51年10月頃から昭和52年4月25日までイ号物件を業として製造販売し、被告上根が昭和51年10月頃から昭和52年4月27日までイ号物件を業として販売したことは認め、その余の事実は否認する。被告会社は昭和52年4月26日以降イ号物件の製造販売を、被告上根は同月28日以降イ号物件の販売を、それぞれ中止して現在に至っている。

4  同4 1のうち、(1)'(2)'の「両者は一体に形成されている」との点を争い、その余は認める。

同四2(1)'のうち、選別多孔板(1)がその斜め上下運動に伴って、風車(6)に接近したり離隔すたりすること、及び選別多孔板(1)の受ける風力が絶えず瞬間的に変動することは認め、その余の事実は否認する。けだし、風力の瞬間的変動は異物の選別作用とは関係がないからである。

同4 2(2)'のうち、異物の選別作用が主として選別多孔板(1)の斜め上下運動によって行われることは認め、その余の事実は否認する。

同4 2(3)'のうち、選別多孔板(1)と載置筐(2)とが一体となって駆動することは認め、その余の事実は否認する。

同4 2(4)'の事実は否認する。

5  同5は争う。

6  同6は争う。

7  同7のうち、被告会社が昭和51年10月頃から昭和52年4月25日までにイ号物件を241台以上製造販売したことは認め、その余の事実は否認する。

被告会社が製造販売したイ号物件の数量と、一たん販売し後に回収廃棄したイ号物件の数量については、後記被告ら主張のとおりである。

8  同8のうち、被告らがイ号物件を1台18万2000円で販売したことは認め、その余の事実は不知。

9  同9は争う。

第4被告らの主張

1  本件発明の作用効果について

請求原因二2(1)の作用効果については、従来の選穀機にあっても、選別板が斜め方向に往復運動し定位置に固定された風車に離接を繰り返すものがあって、この種選穀機にあっては選別板の受ける風力は絶えず瞬間的に変動するし、この上下運動と風力との総合作用により異物の選別作用を行うものであるから、異物の選別作用は本件発明に特有の作用効果ではない。

請求原因2 2(2)の作用効果については、従来の選穀機の動力としては、適正動力値を持ったモーターが必ずしも使用されておらず、多種多様の動力値を持つモーターが使用されていたことから、風力の過剰現象が多々生じることとなり、この点を是正し適正風力を導き出すために、載置筐側面の吸気開放部の開閉式の手動扉による風力調節装置を付ける必要があった。したがって、風力の調節が不必要となったことは本件発明の作用効果ではない。

請求原因2 2(3)の作用効果については、摺動する時に起こる騒音とは、選別機が載置筐の上面を左右方向に移動する時に起こる摩擦音と解されるが、従来の選穀機にあっても、選別板は載置筐の上を斜め方向に往復運動するもので摺動しないから、摩擦音は発生しない。

仮に、摺動する時に起こる騒音のなかに、選別板の斜め方向の往復運動によって載置筐の上面付近より発する音を含むとしても、従来の選穀機にあっては、選別板が載置筐に一番近接した時でさえ、両者の間には多少の間隔があって両者の接触音が起こることはない。

かえって、本件発明では、選別多孔板と載置筐とが一体に形成されているので、両者の斜め方向の往復運動による音の方が、従来の選穀機の選別多孔板のみの斜め方向の往復運動による音よりも高いのである。

2  「選別多孔板と載置筐を一体に形成すること」の意義本件発明の要部である構成要件(1)の「選別多孔板とこれを載着した載置筐とを一体に形成すること」とは、後記の公知技術・本件特許出願人による先願技術、後願技術などを参酌すると、選別多孔板が載置筐の上面に固着されていて、容易に取外せないものを意味すると解される。しかるに、イ号物件における選別多孔板の載置筐上面への取付け状態は着脱自在の組込方式であるから、イ号物件は本件発明の構成要件(1)を充足せず、その技術的範囲に属しない。

1 公知公用技術、先願技術の存在

(1)  原告雑賀は、本件発明の特許出願日である昭和36年6月1日に先立つ同年1月23日、本件発明と同一の目的を有する次の考案について実用新案登録の出願をした。

名称 穀類選別機の選別板載置筐駆動装置

公告 昭和37年11月8日(実公昭37―29938)

登録 昭和38年5月31日(第719036号)

実用新案登録請求の範囲

「本文に詳記するごとく機体の横軸5、6に枢設した支杆7、8によって選別板載置筐2を支持し、カム14に突設した作動杆15を支杆7に連結させ、その作動によって載置筐2をして斜上下運動を反復させるように成した穀類選別機の選別板載置筐駆動装置の構造」

右考案の、在来のものと異なる点は、選別板1を載せた載置筐2自体を駆動するようにしたことにあるが、その明細書及び図面の実施例よりみて、選別板1とこれを載着した載置筐2とが相対移動を生じないこと、つまり両者が同一方向に同時に運動することを示すものと解される。

現に、原告雑賀は、右考案の出願後であって、本件発明の特許出願前である昭和36年3月20日頃、雑賀和男(同原告の実兄)の個人経営にかかり原告会社の前身である東洋精米機製作所を通じて、同考案を実施した石抜選穀機の新製品発表会を、その取扱代理店、報道関係者らを招いて開催し、その後同年5月末までに約400台の同選穀機を販売した。右選穀機の選別板は、載置筐上面に着脱自在の嵌め込み方式によって載置されていて、選別板と載置筐は相対移動を生じることがなく、ともに同時に斜め方向に上下運動するような構成になっていた。

(2)  右のとおり、選別板が載置筐上面に取付けられて相対移動を生じることがなく、両者がともに斜め方向に往復運動する装置は、本件発明の出願前公知の技術であった。

したがって、本件発明の構成要件(1)の「選別多孔板とこれを載着した載置筐とを一体に形成する」との点は、既に公知技術となっていたというべきところ、後記のとおり、本件発明の明細書と右考案の明細書の記載とを対比検討すると、本件発明に新規な技術思想が存するとすれば、選別板の載置筐上面への取付け方が右実用新案にあっては着脱自在の嵌め込み方式であるのに対し、本件発明にあっては固着方式を採用した点にあるといわざるを得ない。すなわち、

右考案では、選別板1の載置筐2上面への取付け状態について、「考案の詳細な説明」において、「選別板1を載着する載置筐2の…」(右考案の公報1頁左欄23行目)、「本案は在来のものと異り選別板を載せた載置筐2自体を駆動するようにした点をその特徴とするものである。」(向公報1頁右欄13ないし15行目)とのみ記載されているのに対し、本件発明では、「発明の詳細な説明」において、「…選別板と載置筐を一体に形成し両者を一諸(緒の誤り)に駆動する事によって…」(本件発明の公報1頁左欄31、32行目)、「載置筐1の上面に多数の穿孔を有する平滑な選別板2を水平または緩慢に傾斜するように固着し」(同公報1頁右欄7、8行目)、「本装置は選別板2を載置筐1上面に固着し両者を一体として駆動するように成し」(同公報1頁右欄25、26行目)と記載されている。

これらの記載を総合すると、本件発明では選別板が載置筐に固着され、両者が一体に形成されるように構成されることを必須の要件とすることが明らかである。

2 本件発明の実施品と、右欠点改良のための後願技術の存在

(1)  原告雑賀は、昭和36年11月中旬頃より、原告会社を通じて本件発明を実施した石抜選穀機を販売した。右選穀機での選別板の載置筐上面への取付状態は、選別板の4隅をボルト・ナットにより載置筐上面に固着させて一体に形成したものであった。そのためユーザーは、選別板を載置筐上面から取外すのに難渋し、そのまま長時間使用を継続したので、選別板の裏面に塵埃が附着して選別効果が阻害される欠点が生ずるに至った。

そこで、原告雑賀は、本件発明の特許出願の後である昭和37年1月8日、載置筐の一側板に通気窓を設けることによって塵埃を含む空気を筐外に放散させ、もって塵埃が選別板の裏面に密着するのを防ぎ、選別効果を向上させることを目的とした次の考案について実用新案登録出願して、同月中旬頃より原告会社を通じて、同考案を実施した石抜選穀機を販売した。

名称 選穀機の選別板載置筐

公告 昭和38年7月9日(実公昭38―13950)

登録 昭和39年4月17日(第736843号)

実用新案登録請求の範囲

「本文に詳記するごとく多孔選別板1を着載し、側板に透窓3を設けた載置筐2内に風車7を位置せしめ、選別板上方に漏斗体4を設け、これら全部をケース5内に納め、載置筐を斜下方へ往復運動させるようにした選別機において載置筐の一側適処に通気窓6を穿設した構造」

(2)  右のとおり、本件発明実施品の販売から、右考案の出願及びその実施品販売までの経緯を考えると、本件発明の構成要件(1)は、本件発明における要部であって、選別多孔板1が載置筐2の上面に固着されていて容易に取外すことのできないものを意味する。と解すべきである。

3  一方、イ号物件の選別多孔板(1)は、載置筐(2)の段部(39)と両側上部に熔接されたL形止片(38)との間に、選別多孔板(1)の屈折縁部を挿入した後、載置筐(2)の前側上縁の左右に埋設されたマグネット(m)により吸着されて取付けられている。そして、横杆(40)を握って少し上部に持ち上げ、選別多孔板(1)の底部をマグネット(m)よりはずして横杆(40)を手前に引けば、選別多孔板(1)は載置筐(2)より容易に取外せる構造となっている。

4  右のとおり、イ号物件における選別多孔板の載置筐上面への取付け状態は、着脱自在の組込み方式であって、本件発明のように固着されて容易に取外せないものではないから、イ号物件は、本件発明の構成要件(1)の「選別多孔板とこれを載着した載置筐とを一体に形成すること」なる要件を充足しない、というべきである。

3  禁反言の主張について

仮に、イ号物件が本件発明の技術的範囲に属するとしても、原告雑賀は、後記のとおり、本件特許権者として、第3者との間の本件発明の無効審判手続において、選別多孔板が載置筐上面に着脱自在に取付けられている構造のものは、本件発明の技術的範囲に属さない、と主張したから、いわゆる出願書類の禁反言の原則により、原告らは被告らに対して、選別多孔板が載置筐上面に着脱自在に取付けられているイ号物件が本件発明の技術的範囲に属しその権利を侵害する、と主張することは許されない。

1 訴外株式会社丸七製作所(以下「訴外丸七」という)は、原告雑賀を被請求人として昭和41年4月13日特許庁に対し、本件特許について出願前公知を理由として無効審判を請求した。

その請求の理由の骨子は、本件発明の出願日たる昭和36年5月31日に先立つ同年3月20日頃、原告雑賀は、技術部長として勤務していた原告会社を通じて、本件発明を実施した石抜選穀機AA―1型、A―1型を関係業者及び報道関係者らに発表したが、これにより、本件発明は出願前公然知られたものとなったのであり、また、原告会社は、本件発明の出願前の昭和36年5月末までに既に400台の右2機種を生産してこれを販売したことにより、本件発明は出願前公然と実施をされたものである、というにある。

2 訴外丸七の右無効理由に対して、原告雑賀は、昭和41年6月23日受付審判事件答弁書において、昭和36年3月20日、21日の両日催した発表会に出品した「AA―1型、A―1型のものは選別板と載置筐が着脱自在であり選別板と載置筐を固着していない」ことを理由として、右2機種は本件発明と相違するものであり、本件発明が出願前公知であったということはできない、と主張した。すなわち、原告雑賀は、選別板の載置筐上面への取付け状態が着脱自在方式のものは、本件発明の技術的範囲には含まれないことを明らかにしたのである。したがって、原告雑賀は、本件特許権者として、右答弁書によって本件発明の権利範囲を自ら限定したものであっり、後日これに反して権利範囲を広く解釈する見解を主張することは、出願書類の禁反言の原則により、許されない。

そうすると、原告らは、本訴において、選別多孔板(1)が載置筐(2)の前側上縁の左右に埋設するマグネット(m)に吸着して取外せるように載置筐(2)に取付けられ、着脱自在になっているイ号物件について、これが本件発明の技術的範囲に属すると主張することは許されない。

4  原告会社の損害について

被告会社は、昭和51年10月頃からイ号物件を製造販売してきたが、昭和52年4月26日イ号物件の製造販売を中止し、それまでに販売したイ号物件244台(GA―10M型並びにGA―10P型)全部の回収に努めた結果、昭和52年5月頃から同年7月頃までに、原告会社及び他の競合メーカーが入手していた2台を除く242台の回収を完了した。右回収の結果、被告佐竹は原告らの主張する利益を全く得ていない。

第5被告らの主張に対する認否と反論

1  公知公用技術、先願技術の存在について

被告らの主張2 1(1)(1)のうち、原告雑賀が実公昭37―29938考案の登録出願をしたことは認め、その余は争う。

右考案の実用新案登録請求の範囲は、横軸、支杆、カム、作動杆等からなる駆動装置の構造のみに関するもので、本件発明の「特許請求の範囲」とは技術的範囲を異にする。

本件発明の技術的範囲には、選別多孔板と載置筐とが「固着」=「かたくついて離れぬこと」という限定はない。

本件発明の「特許請求の範囲」にある「…選別多孔板とこれを載着した載置筐とを一体形成し、両者を同時に、…往復運動せしめ…」とは、駆動中に多孔板と載置筐が一緒に往復運動可能なように一体に形成するという意味で、取外しができないように、常に両者をかたくつけておくことを意味するものではない。このことは、本件発明の明細書の「発明の詳細な説明」に「…選別板と載置筐を一体に形成し両者を一緒に駆動する…」(本件特許公報1頁左欄31行目、32行目)、「…定期的に該板を取外し…」(同公報1頁右欄22行目)と、更に「特許請求の範囲」に「…両者を同時に…」と記載されていることにより明らかである。

2  本件発明の実施品と後願技術の存在について

被告らの主張2 2のうち、原告雑賀が実公昭38―13950考案について登録出願したことは認め、その余は争う。

右考案は、たまたま大型石抜機の場合に選別板の取外しが厄介なので、通気窓を設けることにより、塵埃を含む空気を筐外に放散させ、もって、塵埃が選別板の裏面に密着するのを防止することを考案の目的としたものにすぎず、右実用考案をもって本件発明の権利範囲を限定することはできない。

3  禁反言の主張について

訴外丸七が原告ら主張のとおり特許無効審判を請求したことは認め、その余は争う。

原告雑賀は、右審判事件で、選別多孔板が載置筐上面に着脱自在に取付けられている構造は本件発明の技術的範囲に属さない、と主張したことはなく、同事件で問題とされているAA―1型、A―1型石抜選穀機は、本件発明の実施品でなく、本件発明とはその技術異想を異にする。

4  原告合社の損害について

被告会社は、イ号物件をすべて回収したからなんら利益を得ていない、と主張するけれども、被告会社は代替機として被告会社の製品(別件昭和53年(ワ)第6613号事件におけるロ号、ハ号物件)を各顧客に売買代金を相殺の上納入している。

そうすると、原告会社は、被告会社の右行為がなければ原告会社製品を販売して得たであろう得べかりし利益を喪失しており、被告会社がイ号物件の回収により利益を得ていないとしても、原告会社に右損害が発生していることに変わりはない。

第6証拠

1  原告ら

1 甲第1ないし第6号証

2  乙第8号証の1ないし172、第9号証の1ないし93の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める(乙第2号証の1ないし20は原本の存在も認める)。

2  被告ら

1 乙第1号証、第2号証の1ないし20、第3号証、第4号証の1ないし3、第5号証の1ないし6、第6、第7号証、第8号証の1ないし172、第9号証の1ないし93、第10号証

2 証人森明司

3  甲第1ないし第4号証の成立は認める。

理由

1  請求原因1 1の事実(原告雑賀が本件特許権を有していたこと)、同1 3の事実(本件特許権が期間満了により消滅したこと)はいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第2号証、弁論の全趣旨によれば、請求原因1 2の事実(原告会社が本件専用実施権を有していたこと)が認められる。右争いのない「特許請求の範囲」の記載と成立に争いのない甲第1号証(本件特許公報)によれば、本件発明の構成要件は請求原因2 1のとおり分説するのが相当である(この点は当事者間に争いがない)。

また、前掲甲第1号証によれば、本件発明の作用効果は次のとおりであることが認められる。

(1)  載置筐と一体を成した選別板が、斜め上下方向に急激に往復運動を反復することによって働く慣性の法則と、風車による下方よりの送風とが相まって、比較的比重の小さい穀物のみが溢流堤を越えて排出口より排出され、比重の大きい小石、金属片等は選別板上に残存する(本件特許公報1頁右欄14行目ないし21行目)。

(2)  異物の選別作用は、主として選別板の斜め上下運動によって行われるのであって、風車は補助的な作用をするのみであるから、在来のように風力を調節することも、操作に手数と時間をかけることも必要でなく、特別な熟練と技術を要しない(同公報右欄33行目ないし38行目)。

(3)  選別板と載置筐とは一体となって駆動されるから、在来のように選別板が載置筐の上面を摺動する時に起こる騒音の発生が防止される(同公報1頁右欄39行目ないし2頁左欄3行目)。

(4)  選別板と載置筐が一体となって斜め上下に運動するように成したから、機構を可及的簡素にかつ小型に構成することができ、故障の発生が少なく、製作費を低廉ならしめ、据置に広い場所を要しない上に、使用法簡便にして作業能率を増進させる(同公報2頁左欄5行目ないし9行目)。

2  被告会社が昭和51年10月頃から昭和52年4月25日までイ号物件を業として製造販売し、被告上根が昭和51年10月頃から昭和52年4月27日までイ号物件を業として販売していたことは当事者間に争いがない。

イ号物件が請求原因4 1(2)'(3)'の構成(但し(2)'のうち「両者は一体に形成されている」との点を除く)を有することについては当事者間に争いがなく、選別多孔板(1)と載置筐(2)との関係につき、原告らは、選別多孔板(1)とこれを載着した載置筐(2)とが一体に形成されている、と主張するのに対し、被告らは、選別多孔板(1)は載置筐(2)上面へ着脱自在の組込み方式により取付けられている、と反論する。

この点についてみるに、イ号物件を説明したものであることにつき争いのない別紙「イ号図面及び説明書」の「2、構造の説明」中には、「ケース(M)内の載置筐(2)の上部には、第9図に示すとおり、選別多孔板(1)を僅かに傾斜(約15度)した状態で、載置筐(2)の前側上縁の左右に埋設するマグネット(m)に吸着して取外せるように取付ける。(38)は載置筐(2)の両側上部に熔接するL形止片、(39)はその下方の段部で、(38)、(39)両者間に選別多孔板(1)の両側上部に形成する屈折縁部を挿入する。(40)は選別多孔板(1)の両側前方に架設する横杆である」と記載されている。

右記載と弁論の全趣旨によると、イ号物件における選別多孔板(1)は、載置筐(2)の両側上部に熔接するL形止片(38)とその下方の段部(39)との間に、選別多孔板(1)の両側上部に形成する屈折縁部を挿入した上、載置筐(2)の前側上縁の左右に埋設するマグネット(m)に吸着して取外せるように取付けられており、横杆(40)を握って少し上部に持ち上げ、選別多孔板(1)の底部をマグネット(m)より外した後、これを手前に引けば、載置筐(2)より比較的容易に取外せる構造となっていることが認められるから、イ号物件の(1)'の構成は、「選別多孔板(1)は載置筐(2)の上面に着脱自在に組込み取付けられていること。」とするのが相当である。

3  そこで、イ号物件が本件特許の技術的範囲に属するか否かについて、以下検討する。

イ号物件が本件発明と同じく選穀機であることは、前記のとおり争いがなく、イ号物件の(1)'ないし(3)'の構成を本件発明の(1)ないし(3)の構成要件と対比してみると、(2)'のうち、「両者(選別多孔板と載置筐)は一体に形成されている、」との点を除くその余の部分と(3)'の構成がそれぞれ(2)、(3)の構成要件を充足するものと認められ(この点は被告らも争っていない)、(2)'の構成のうち右括孤書部分は、(1)'の構成をうけてこれを単に引用したにすぎないので、(1)'の構成が(1)の構成要件を充足するかが本訴における争点となる。

そして、本件発明の(1)の構成要件にいう「選別多孔板とこれを載着した載置筐とを一体に形成すること」の意義について、原告らは、駆動中に多孔板と載置筐が一緒に往復運動可能なように一体に形成されていることで足り、それ以上に取外しができないように常に両者を堅くつけておくことまでを意味しない、と主張するのに対し、被告らは、公知技術、本件特許出願人による先願・後願技術などを参酌すると、選別多孔板が載置筐の上面に固着されて容易に取外せないものに限定される、と反論している。

ところで、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないことはもち論であるけれども、右の記載内容に疑義のあるときにはこれを明瞭にするために、明細書の発明の詳細な説明の記載、明細書添付の図面のほか、出願時の技術水準(出願に先行する公知公用技術)を参酌し、更には、登録後の特許無効審判請求がある場合に、その手続中において特許権者が開陳した見解を参酌することも許される、と解するのが相当である。

右観点のもとに(1)の構成要件の意義についてみることとする。

前示甲第1号証、いずれも成立に争いのない乙第2号証の5ないし8、同号証の16、第10号証によると、次の事実を認めることができる。

(1)  原告雑賀の実兄である雑賀和男は、昭和36年3月20日その経営する東洋精米機製作所(和歌山市所在)などにおいて、新製品の石抜選穀機の発表会を催し、関係業者、報道関係者ら70余名出席のもとで、選穀実演及び選穀機についての説明・質疑応答を行ったが、同日発表した選穀機は、AA―1型、A―1型の二機種であり、その構造は本件特許公報の図面に示すとおりのものであるとともに、これらの機種のものでは選別板が載置筐に着脱自在に設けられており、選別板に塵埃が詰ると、選別板を取外して掃除できる構造となっていた。

(2)  訴外丸七は、昭和41年4月13日原告雑賀を被請求人として、特許庁に対し本件発明が出願前公知であることを理由として、特許無効審判を請求した。

右請求の理由の要旨は、本件発明の特許出願日前である昭和36年3月20日頃、原告雑賀は、原告会社を通じて、本件発明の実施品である石抜選穀機AA―1型、A―1型を発表公開したことにより、本件発明は出願前公然知られたものであり、また原告会社は、本件発明の出願直前である昭和36年5月末までに500台の右2機種を生産してこれを販売したことにより、本件発明は出願前公然実施をされたものである、というにある。

これに対して原告雑賀は、昭和41年6月23日受付答弁書において「…AA―1型、A―1型が即ち本件特許であるこはどうしても読み取れないA―1型AA―1型は特許公報昭38―5225号の図面の通り多孔板を下から載置筐で支持する方式であるが水平運動をなし得るのみであり公報の図面に示す通りであってもこのAA―1型A―1型のものは選別板と載置筐が着脱自在であり選別板と載置筐を固着していない、これ等の相違点は明細書で判然と区別し得、相違する点をはっきり示している。」(同答弁書5丁11行目ないし6丁4行目)と反論して、選別板と載置筐が着脱自在となっているものは、本件発明とその構成を異にすることを強調した。

右のとおり認められる。

右事実によれば、本件発明の特許出願前に、本件特許公報の図面に示すものと同じ選穀機であって、選別板が載置筐に着脱自在に載置されている構成のものが公然知られていたことが明らかである。

そして、前掲甲第1号証によると、選別板の載置筐への取付け状態について本件発明の明細書の「発明の詳細な説明」には、「載置筐1の上面に多数の穿孔を有する平滑な選別板2を水平または緩慢に傾斜するように固着し」(本件特許公報1頁右欄7行目、8行目)、「本装置は選別板2を載置筐1上面に固着し両者を一体として駆動するように成し」(同公報1頁右欄25行目、26行目)、と記載されていて、本件発明では、選別板を載置筐上面に固着することを「発明の詳細な説明」においても明記している。

更に、前認定のとおり、特許無効審判手続において、本件発明の特許出願前の発表会で、本件発明の実施品であるAA―1型、A―1型が公開発表されたから、本件発明は公知である、と請求人が主張したのに対し、原告雑賀は、答弁書において、右2機種の選穀機は、選別板と載置筐が着脱自在で選別板と載置筐を固着していないから、本件発明とはその構造を異にする、と反論し、本件発明の選穀機においては、選別板とこれを載着する載置筐とを一体に形成する方法として、着脱自在のものを除外し、固着したものに限定する意図を明らかにした、ということができる。

右に検討したとおりであって、選別板を載置筐に着脱自在に載置する選穀機が公知技術として存在していたこと、特許無効審判手続において原告雑賀が本件発明の技術的範囲を選別板が載置筐に固着しているものに限定する意図を明らかにしていること、更に本件発明の明細書では右両部材を固着することを強調していることを併せ考えると、本件発明の構成要件(1)にいう「選別多孔板とこれを載着した載置筐とを一体に形成すること」とは、選別多孔板とこれを載着した載置筐とが固着していること、つまり選別多孔板の載置筐への取付け、それからの取外しを短時間に素手では、なし得ず、そのためには何らかの工具と多少の時間を要する程度に両部材が堅くくっついて容易に離れない状態にあること、と解するのが相当である。

してみると、イ号物件の(1)'の構成は、選別多孔板を載置筐に着脱自在に載置するものであるから、本件発明の構成要件(1)を充足せず、したがって、イ号物件は本件発明の技術的範囲に属しないといわなければならない。なお、本件特許公報1頁右欄22、23行目には、「定期的に該板を取外しこれ等異物を排棄するのである。」との記載があるけれども、右の記載は、選別多孔板が着脱自在に取付けられていることを示すものとは解されないので、前示結論を左右するものではない。

6  以上のとおりとすると、被告会社が業としてイ号物件を製造販売し、被告上根が業として右物件を販売したことは、なんら原告雑賀の本件特許権、原告会社の本件専用実施権を侵害するものではなかったから、右侵害を前提とする原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由がない。

よって、原告らの本訴請求をいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条、第93条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(金田育三 鎌田義勝 若林諒)

〈以下省略〉

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